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昨夜のこと。2日間のイベントと運転でクタクタだったが何とか子どもを寝かしつけ、眠気を押し殺しながらテレビのスイッチを入れた。前々から楽しみにしていた焙煎家のオオヤミノルさんが出演するBSのテレビ番組を観るためだ。
残念ながら子どもが愚図ってしまい、スイッチを入れたのはすでに番組開始から40分ほど経過していたころだ。画面には〈PADDLERS COFFEE〉が映っていて、キスマイの藤ヶ谷くんとオオヤさんが並び、パドラーズの二人と対談をしている。しばらくしてからオオヤさんがパドラーズの加藤さんに質問した。「加藤くんはさ、コーヒー大好き男じゃん、もっとどこまでもコーヒーの味を突き詰めることもできるのに、どうしてあえてやんないでいるの?」
「コーヒーの味があまり主張しすぎる店にはしたくなかったんです。もちろん美味しいコーヒーであることは重要なことなのですが、それと等しく店の音楽や設え、雰囲気全体のなかにコーヒーがある、という店にしたかったし、みなさんにそうした場所でコーヒーを楽しんでほしい」というようなことを加藤さんが答えていたと思う。この加藤さんの話を聞いて、途中まで読んでいた岡本仁さんの新刊『ぼくのコーヒー地図』のことを思い出した。誤解を恐れずに言うならば、この本で岡本さんはあまりコーヒーの味に深く言及していない。むしろコーヒーを飲む場所の空気だとか、そこで起こったこと、コーヒーを淹れる人たちや集まってくる人々、そしてそこに流れている音楽について書かれている。美味しいとはとても主観的な感覚で、ジメジメした雨の日にはスッキリとした後味のコーヒーを飲みたいと思うかもしれないし、長旅で疲れているときには重めのダークローストを飲みたいと思うかもしれない。そのようないわば天邪鬼で我儘な客たちを相手に日々コーヒーの味を追求しながら、この本に掲載されている人たちは同時に居心地の良さだとか気分のよさを感じられる場所を作っているのだ。そこに投下される労力だとか、コストパフォーマンスみたいな観点から考えると、ぜんぜん割に合わない仕事だと思う。でもそうしたことを追求する人たちが次々に現れ、コーヒーに、コーヒーを提供する場所に惹きつけられる人びとがいる。
岡本さんも書いているが、けっきょくのところコーヒーがわれわれに作用すること、コーヒーの何が自分にとって好きなのか。その答えはわからないままでいい。この本を読み終えたあと、やっぱり急にコーヒーが飲みたくなってきた。
(2023年・平凡社)