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他人や自身を傷つける心配はもうない
彼女は心を決めて、靴ひもを結んだ
「みんなそうするなら私もそうする」
自分で何を欲しがっているのか分からない
Phoebe Bridgers “Graceland Too”
27歳の私は自分が誰かわからないけれど、あなたと離れたくないことだけはわかる
boygenius “Emily I’m Sorry”
時計がバラバラな時を刻んでいる 直し方なんてわかるわけない
自分のこともわかっていないのに
「神様になんかならなくていいから天使のままでいて」
「別の誰かになんてならなくていから君のままでいて」
boygenius “Not Strong Enough”
フィービー・ブリジャーズとジュリアン・ベーカー、そしてルーシー・ダッカス。当代屈指のソングライター3人で結成されたスーパーユニット、ボーイジーニアスの『The Record』というアルバムを最近よく聴いている。
「男の子はみな天才」というマチズモ的な考え方を揶揄するユニット名、ハードコアからカントリーまでを内包する美しく繊細なメロディ、そしてレナード・コーエンを"実存的危機に直面したエロオヤジ"とけなし、クィアネスや友愛、絆を歌う20代の彼女たちの音楽をぼくは100パーセント理解はできない。
それなのに無邪気に少女のようにステージ上ではしゃいだかと思うと、共和党の次期大統領候補者の一人でもあるデサンティス議員(性的マイノリティを非難するフロリダ州の知事)に対してステージ上で「F×××」と叫ぶ姿には希望しか感じないし、その音楽を聴くたびに、未来はまだ捨てたものじゃないかもしれないとぼくなんかは思ってしまう。
「つちや温水プール」という不思議な名前を聞いたのは、去年のこと。突然知り合いのインスタグラムにその名前が現れた。最初は何かのユニットか芸名かと思ったがどうやら違うようだ。それからいろんな偶然が重なり、当店でとあるイベントを開催したタイミングで彼女にはじめて会うことができた。
そんな彼女から届いた荷物を一昨日受け取った。中には彼女が書いた「まじめ通信」というフリーペーパーと、小さなリトルプレスが二冊。すべてをじっくりと、時間をかけて読んだ。
特に印象に残ったのは「Swimmers」という冊子で、おそらく文芸誌のようなスタイルで編まれているのだろうか。# 1とあるから定期発行なのか、「休職」というテーマで9人の若者が各々の人生のある時期に起こったサボタージュについて書いている。彼らや彼女たちの顔を想起しながら読み終えてみて、思い出したのはboygeniusの音楽のことだった。
ここにいる人たちはきっと、ぼくたちの世代の人間よりも繊細だ。だが、彼らや彼女たちの方が人間として正常なのではないだろうか。競争すること、勝つこと、金を稼ぐこと。他人を嘲り蹴落とすこと。人を色眼鏡で見て判断すること。相容れない人間や考え方を排除すること。今の社会に当たり前に横たわる価値観や制度にアレルギー反応を起こすことは、きっと、たぶん、人間としてはまっとうだ。
来るべき未来の見通しは暗く、たくさんの人々がこの世界についてずいぶんと悲観的なものの見方をしている(かつてはぼくもその一人だったが)。そんな人たちはぜひつちやさんの文章を読み、boygeniusを聴いてほしい。
たぶん、未来はそんなに暗くはない。いまはそう思える。
(2023年・セルフパブリッシング)