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はちみつぱいの「塀の上で」という曲には羽田空港という歌詞が登場する。誘導灯や広告塔が歌われるその情景は、鈴木慶一の生家が羽田空港からほど近い、東糀谷であったことが関係する気がしてならない。それにたとえばムーンライダーズのクラウン時代のアルバム『ヌーベルバーグ』や『カメラ=万年筆』は、やはり東京という街でしか生まれ得なかったアルバムだと思う。音の中に竹下通りにあった〈メロディハウス〉という輸入レコード屋や、神宮前にあったカフェ&バー〈カル・デ・サック〉のエッセンスが忍び込ませてある、という意味で。
戦後の民主主義社会とともに発展してきた東京という街と、並走するように音楽活動を続けてきたひとりの音楽家を、計25時間にわたってインタビューした労作。ここから見えてくるのはスノッブでノンシャランなミュージシャンズ・ミュージシャンの姿ではなく、のしかかる重圧や金銭問題と向き合い、友の死に立ち会う、もう少し泥臭い等身大の人間の姿だ。
湾岸エリアで育った幼少期から「日本語のロック」への目覚め、はちみつぱいやムーンライダーズ、個人の活動、あがた森魚、はっぴいえんど、頭脳警察、YMO、KERAといったミュージシャンたちとの交流から別れまで。72年間に及ぶ音楽家・鈴木慶一の足跡。
(2023年・blueprint)