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とんとんと誰かかがノックする。返事をする。
「入ってます」
お便所みたい。給湯室が狭くて、ひとりしか入れない。あなた、わたし戻るわ。工場長はとても怖い人なの。葉巻はいつもハバナなの。急いでフォークを洗う。
ドアの外で同僚が待っていた。
「遅いやん」
ポーレチケ踊っててん。
(「じゃむパンの日」)
「ええか、言うぞ。『右折』、言うぞ。五・四・三・二・一!右折!」
ふんっ!左折しそうになる。教官がハンドルを右に回す。
「なんで、わし、お前とジャスコ行かなあかんねん」
ここで左折したらジャスコだ。今日はいちごが安い。
(「安全運転」)
唐突な変調とあっと驚くような帰結。行間を漂う不思議なグルーヴとほっこりするような方言からのささやかな毒。そしてほころぶような笑い。
2017年に夭折した芥川賞作家によるユーモラスで宇宙的な文体をじっくり味わえるエッセイ55篇。惜しむらくは二度と新作が読めないことか。
(2022年・palm books)