new






他者同士が「自身の感情を尊重する」なら、一緒にいることは単に喜びをもたらすだけでなく、互いを破壊するような暴力性も同時に持つ。その恋愛の困難さを真正面から扱っていることが原作『寝ても覚めても』が最高の恋愛小説たる所以であり、私が映画化を熱望した理由です。
(濱口竜介)
濱口竜介監督による2018年の映画『寝ても覚めても』の冒頭、牛腸茂雄の『SELF AND OTHERS』の写真群が登場する。ポートレート撮影を通じて他者の中のにある自己、自己の中の他者性をあぶり出そうとした牛腸。幼少期から脊椎カリエスを患い、その特異な体型を常に他者の目に晒しながら生きてきた牛腸が他者の視点を人一倍気にしてきたのは想像に難しくない。他者というコントロールの効かない存在と向き合い、正対することで見えてくる「生きること」という不安定で危うい営為の意味と豊饒さ、そして恐ろしいほどの残酷さ。牛腸の作品を一つの記号として濱口監督は『寝ても覚めても』でそんなことを描きたかったのではないだろうか。
36歳で夭折した写真家・牛腸茂雄が遺した4冊の写真集『日々』『SELF AND OTHERS』『扉をあけると』『見慣れた街の中で』所収の全点と、生前に発表、もしくはまとめられた 2 つの連作〈水の記憶〉〈幼年の「時間 」〉全点を収録した決定版ともいえる作品集が遂に刊行されました。
牛腸が遺したヴィンテージプリントやフィルム原板を印刷の指標とし、その制作意図を現代の技術によって能うかぎり再現。シリーズによって用紙を切り替えるなど、作品と余白の関係を意識した素晴らしい造本によって、牛腸写真集のマスターピースともいえる一冊に仕上がっています。ブックデザインは須山悠里氏。ハードカバー・248p
(2022年・赤々舎)