
"こうした支那兵を見ていると、少しも人間と思えなくなって来る。どこへ行ってもいる虫のようだ。人間に価値を認めなくなって、ただ、小癇に反抗する敵ーいや、物位に見え、いくら射撃しても平気になってくる。"
1937年から1939年にかけて中国大陸へ下士官として従軍、「戦争という人間の頽廃の危機」の只中で、愛機ライカによって戦場を撮り続け、日本兵工作員用のパンフを筆写するなど、戦地のすべてをまるでフィルムさながらに日記に書き留めた映画監督・小津安二郎。
もっとも戦争から遠い映画を作り続けたかのように見える小津は、実は戦争を描かないことによって戦争を描き続けた映画監督でした。駆逐艦の元艦長だったサラリーマンである笠智衆と元部下がぽつりぽつりと語る軍国バーでの会話(『秋刀魚の味』)、長年連れ添った夫婦が懐かしむ戦時中のこと(『彼岸花』)。戦争というもの、そして敗戦が日本人にもたらしたものとは何だったのか。家族の物語という一本の線がありながら、小津映画にはそうしたテーマが静かにその底に横たわっている気がします。
彼にとっての戦争とは、軍隊とは。小津安二郎が体験した「戦争」を、新資料を発掘・提示しながら解き明かす、極めて上質なドキュメントが本書です。
(2020年・みすず書房)